研究領域

研究の射程
 

観光地空間(主に地方観光地)を対象に、その魅力を高めるための計画や規制、政策のあり方を考えることを目的としています。従来、観光地に関わる研究や観光地づくりの主眼は、既にある空間を如何にして活用するか、という点に重きが置かれていました。その背景には、バブル崩壊以降、観光政策の対象がハード整備からソフト事業へと移行していったこと、観光による即時的な経済効果への期待により中長期間の時間を要するハード整備よりも、プロモーション等に観光財源が使われるようになっていったことなどが挙げられます。しかし、人々の観光体験の質を左右する大きな要因に、空間の質があると私は考えています。観光地における空間の大切さが認識されてこなかった今だからこそ、良好な空間を創出することにまで踏み込んで観光研究に取り組まなければならないと思います。ですので、私の研究の射程は「観光✕空間」という軸の中で論じられます。なお、ここで述べる「空間」とは、物理的な空間だけに留まりません。物理的な空間を扱う専門家としての建築家・都市計画家や、建設行政や都市計画行政といった立場が観光地の空間をどう捉えているのか、という職能との関わりも含めて論じています。この問いを突き詰めていくと、究極的には「結局観光とは何なのか」という議論に行き着きました。それへの言及なしに観光地を語ることはできないのです。
 

 


メインテーマ
 

#1 観光地空間における都市計画史研究

 

日本には優れた観光資源が多数あります。また、旅館で提供される「おもてなし」や世界無形文化遺産に登録された「和食」なども日本が誇る魅力と言えるでしょう。しかし、我々が普段訪れている観光地は空間として魅力的だと言えるでしょうか?優れた観光資源を毀損するように建設された高層ホテル、観光資源の周囲を取り巻くように立ち並ぶ商業施設、不況のあおりを受けて廃業し、ゴースト化してしまった建物群など、観光地の空間は決して魅力的だとは言い難いのが現状です。本来、こうした建物が集積する空間の開発コントロールや秩序ある空間への誘導の役割を果たすべきなのが都市計画(行政・学)でした。我が国の観光地空間の現状を見る限り、観光地においては都市計画が殆ど機能してこなかったのではないか、とも感じます。大学・大学院として都市計画を専攻してきた身として、そして観光を研究テーマとした自身として、「都市計画(行政・学)は観光地に対して何をしてきたのか?」を明らかにした上で、これからの観光と都市計画との関係性のあり方を考える必要があるという着想に至りました。そこで、戦前期から1960年代までを対象に、観光地における都市計画史研究に取り組んでいます。これまで、別府・雲仙・熱海・山代温泉・白浜温泉を対象に調査・研究を実施しています。

keywords:都市計画史、熱海、西山夘三、高山英華、風致地区
 

 

#2 温泉地における廃業旅館跡地の活用研究

 

バブル崩壊以降、日本の従来型観光地では観光需要の縮小により多くの旅館・ホテルが廃業に追い込まれました。廃業になった旅館・ホテルを買収して新たなビジネスを行う企業が成功を収めるようになった(例:星野リゾートや大江戸温泉物語グループ等)一方で、全国の地方観光地には、買い手が付かずに廃業旅館がそのまま放置された例も少なくありません。こうした廃業建築は一種の空き家と言えますが、住宅地における空き家との決定的な違いはその規模の大きさです。100室を超えるような大規模旅館であるからこそ、不況による需要停滞の影響を大きく受け、廃業に至ってしまった訳ですが、それは空き家であると共に景観阻害建築にもなっています。また、崩壊による危険性や周囲での治安の悪化なども懸念されます。このように、全国の観光地に溢れる廃業旅館の問題を今後どう考えていくか、が本研究の主題です。もとの所有者や経営者は廃業旅館を取り壊すための資金の捻出も難しいのが現状です。一方、買い手もいません。このとき、重要な役割を果たすのが行政(市町村、県)や観光協会、旅館組合といった公共性のある組織です。一般的に、民有地に行政が手を出すことは相当困難です。しかし、その困難を乗り越えながら、廃業旅館の問題に取り組もうとする地域もあります。本研究では、全国で有名温泉地をもつ約200箇所の市町村と観光協会・旅館組合に一斉アンケート調査を実施し、全国的な動向について初めて明らかにしました(2018年秋実施)。その上で、特徴的な取り組みを行っている幾つかの地域について、詳細なヒアリング調査を実施しています。

keywords:温泉地、廃業、旅館

 


#3 1960年代の観光政策史・観光地変遷史研究

 

我が国の観光発展にとって、1960年代は次の点において重要な時代です。1)国が初めて国民向けの観光政策を展開し始めた時期である、2)観光による経済効果への期待があまりにも高く、観光地における相次ぐ開発が生じ、観光地空間に大きな変容が生じた時期である、3)そしてその当時の変容の影響が今に至るまで残っている。この時代において変容する観光地空間に対して当時の住民はどのように受け止めていたのか、そして専門家は観光現象をどう捉え、どのように関わろうとしていたのかを明らかにします。国による積極的なインバウンド政策が展開し、年間外国人旅行者数4,000万人という壮大な数値目標が現実のものになろうとしている今、我々は再び観光が持つ経済的な側面にばかり期待を高めていないでしょうか。現に、最近は「観光公害」や「オーバーツーリズム」という言葉が盛んに用いられるようになっていますが、「観光公害」という言葉は1960年代に生まれた言葉でした。1960年代の過剰な観光開発の時代を経験した学者たちは、1960年代の終わりに観光とは何かという根本から観光開発を考えるべきではないか、と国に訴えかけました。観光に関わる専門家の一人として、どういう姿勢で観光を捉えるべきか、という自身への示唆を得るためにも重要な研究です。日本の全国の観光学部では、観光史という講義科目があります。しかし、観光史が語る年代の対象は戦前に留まっています。しかし、我が国の観光を振り返る上では1960年代も重要です。いち早くこの時代の観光史を体系的に分析し、学生に伝えていかなければと感じています。

keywords:1960年代、観光開発、観光公害