私と「地元観光」

私たちゼミ生の中で2020年の流行語トップ3にランクインするであろうワード「地元観光」。移動の制限や自粛が求められていた(いる)コロナ禍において、この状況をきっかけに身近な「地元」に目を向け、今まで気づいていなかった、知らなかった地元の魅力を発見/再発見を促そうという考えのもと、「地元観光」の提唱を続けてきた。


西川ゼミでは5月、オンラインでのゼミ活動の中でコロナ禍の今、またポストコロナにおいて観光はどう変化してくのか、どうあるべきなのか、などその後1年の西川ゼミ2年生の活動の一つの柱となる【コロナ×観光】の議論をスタートした。はじめは約1時間という制限の中で3チームに分かれてそれぞれ【コロナ×観光】のテーマで自由にディスカッションをし、最終的にプレゼンテーションをした。そこで私たちのグループでは、コロナ禍の観光の遠くより近場、団体より少人数または個人、などといった価値観の変化を挙げ、それらの需要を満たすものとして自分の生活圏内や自分のまちを観光的な視点を持って目を向ける「地元観光」という形があるのではないか?という結論に至った。また、「地元観光」によって有名な観光地に人が集中するオーバーツーリズム問題の解消や地域活性化にも繋げることができるのではないかという仮説を立てた。この議論が私たちゼミ生の中で多くの共感を呼び、5月以降の活動の中でもたびたび「地元観光」というワードが登場することとなった。






このように西川ゼミにおける「地元観光」の誕生背景を振り返ると新型コロナウイルスの流行が大きなきっかけであったと考えられる。もちろんそれは事実。ただ、実は私個人としてはコロナ流行以前から、大学入学以前から自分のまちを観光するということの楽しさをもっともっと広めていきたい、そんな観光の形が持つ可能性を信じてみたい、とぼんやりと考えていた。


私は、九州の地方出身である。小学生のときに学校の社会科見学のような機会で県内のある観光地に初めて訪れた。そのときに、当たり前のように身近にあった場所なのに知らなかったこと、見たことなかった景色に出会い、衝撃を受けた。「自分の住んでいるところってこんなに素敵な場所があるんだ」という新しい発見だった。それから中学生の頃は友達と県内の観光地を巡ったり、町中の観光客の行動をじーっと観察してみたり、高校生の頃は県外や海外からくる中高生や学生を県内の観光地に案内するような活動をしたり、私の観光学部進学へつながる経験を積み重ねてきた。


私にとって地元観光は「自分のまちへの誇りと愛着を育むもの」だと思っている。私は小学生の頃の社会科見学がきっかけで「地元観光」をするようになり、その結果自分のまちが大好きになった。でも、周りの友達の多くは「ここは何もないよ、もっと都会に行きたい」といったような思いを持っている人が多かった。このギャップに私はずっともやもやを感じていて、もっと自分のまちのことを知り、少しでも誇りや愛着を持つ人が増えてほしいなあという思いがふつふつと湧き上がり、その手段として「観光」は大きな力を持っているんじゃないか、という希望を持って観光学部への進学を決めた。


コロナをきっかけに「地元観光」というワードがゼミの中で広まり、その定義や考え方をみんなで議論し深掘り、具体的な「地元観光」のあり方を様々な方法で発信していこうという動きになっている。私は最近それがとっても嬉しくて、いつかの夢を少しずつ現実にして叶えていけているような気がしている。まだまだ生まれたてほやほやでその定義や基盤も曖昧だが、これまでも、そしてこれからも大事にしていきたい「地元観光」。もっとその可能性を模索し、「地元観光」を一つの手段として自分のまちに誇りと愛着を持つ人を増やすことが第一の私の目標である。“国の光を見る”という「観光」の語源のように、地域に光を灯し、地域の色を少しずつ少しずつ鮮やかにしていけるような学びや活動をしていきたい。