コロナと歩んだ1年

2020年。この年を「今年も1年良い年だった」と振り返る者はどれだけいるだろうか。

世間一般の2020年への評価としては、「最悪な年」や「無の1年」といったものが妥当だろうか。こうなった原因は言うまでもなく新型コロナウイルス流行の影響だろう。私たち大学生も、友人との食事の場、対面での学びの機会など今まで当たり前だったものの多くが新型コロナウイルス流行によって制限されてしまった。

旅行も例に漏れず制限されることとなった。制限されただけでなく悪者にもなった。特にGoToが始まる直前は連日のようにワイドショーやTwitterで旅行することについての批判がなされていた。やはり、多くの人々にとって観光は単なる娯楽であり、旅行先で飲んだり騒いだりすることができなければ意味の無いものとして捉えられているのかと悲しくなった。この頃から、私は観光とは単なる娯楽ではなくもっと深いものなのではないかと考えるようになった。夏休みに入り、私は、大好きな旅行が悪者扱いされている現実から逃げるように1人で旅に出た。久しぶりの旅行は、自分にとって旅行とは何かということをより考えさせられるものとなった。1週間、1人で、北海道の大地を歩きながら大空を感じながら色々と考えたが答えは出なかった。しかし、観光は単なる娯楽ではないというモヤモヤとした考えは確信に変わった。

そんな夏を経て秋学期になり、西川ゼミでは今夏の学生の旅行実態についてのアンケートを行うこととなった。結果を集計・分析し、論点整理を行った。私たちは3つの論点について考察をしたのだが、中でも私が広めたいものが「訪問先を思いやる観光」である。「訪問先を思いやる観光」とは即ち「悪者扱いされない観光」である。従来の観光はどちらかというと観光客側が主権を握っており、観光地側はお金を払って来てもらっている以上、迷惑な観光客を拒むこともできず、結果としてオーバーツーリズム等の問題を引き起こしてしまっていた。しかし、今回私たちが考えた「訪問先を思いやる観光」は観光客側と観光地側の対等な関係の上に成り立つもので、双方にとってメリットがあるものである。このような観光スタイルがこれからのwithコロナ時代を牽引していき、そしてコロナ収束後においてもオーバーツーリズム等の問題解決のカギとなるだろう。

2020年。新型コロナウイルス流行によって観光が大きく変化しようとしているこの年に、観光学部生としてこれからの観光を考えることが出来て本当に良かった。私にとって2020年は冒頭で述べたような世間一般の評価とは真逆で「人生で最高に充実した1年」になった。これもすべて西川ゼミのみんなと出会えたおかげだと思う。答えが見つからないような問いに対し粘り強く議論をする仲間の姿勢にすごく刺激を受けたし自分も人に刺激を与えられるような人間になりたいと思った。2021年も忙しい1年になりそうだが、仲間と助け合って楽しみながら乗り越えていきたい。そして、未だ答えの出ていない「旅行の本質」についても議論を重ね、自分たちなりの答えを探していきたい。


I.S